ある日の午後6時半頃、たまたま近くを通りかかったので、ボタニックガーデンを抜けて歩くことにした。
ボタニックガーデンはシンガポールが誇る唯一の世界文化遺産で、オーチャードにほど近い中心地にあるにもかかわらず自然豊かな、私の大好きな場所だ。
MRTのボタニックガーデン駅側のゲートから園内に入る。一歩足を踏み入れた途端、むっとするような植物の濃い気配に包まれて何とも心地良い。
家路に着こうとする人の流れに逆らう形で、のんびりと園内を進んで行く。左手に湖、右手に広い芝生の広場を見ながら歩いていると、敷物をたたんで帰り支度をするカップルや、まだまだ遊び足りない様子の子供たちが走り回っているのが見える。
この辺りはピクニックの名所で、いつ来ても食べ物や飲み物を持った人たちが思い思いの場所に座って寛いでいるが、さすがにこの時間になると皆帰り支度を始めるようだ。
少しずつ夕方の気配を濃くし始めた園内の、まずは中央あたりに向かって歩く。レッドブリック・パスと呼ばれる赤いレンガの坂道を登っていくと、右手奥に大木の果樹が並んでいる場所に差し掛かる。だんだんと暮れて行く空を背景に、シルエットになりつつあるドリアンの木はちょっとおどろおどろしい。
そのまま足を進めると、空気の中に強い芳香が漂ってくる。左手のフレグラント・ガーデンには香りの良い花を付ける植物がたくさん植えられていて、それらの多くは日が暮れる頃から夜間にかけて強い香りを放つのだ。
濃厚な花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、なおも歩いて右方向に向かい駐車場の辺りを抜ける。左手にあるちょっとリゾートホテル風な建物は国家公園局の本部だ。ビジターセンターの手前にあるオープンカフェのテーブルには早くもキャンドルが灯されていて、子供連れが多い昼間とは違う大人な雰囲気の店に見える。
照明施設がないため夕方以降は立ち入り禁止となるレインフォレストエリアを左手に、広々と開けたパームバレーを眺めながら進んでいくと、空に見覚えのあるシルエットが浮いているのに気が付いた。
ドロンゴだっ!と慌てて携帯のカメラを向けたが、急いで飛び去る気配もなく、夕方の空を背に悠々とした姿を見せている。この鳥は普段はレインフォレストエリア内でしか見掛けることはなく、上手に写真に収めることが難しい。本来2本あるはずの長い尾羽が1本しかないが、優美な姿を思いがけずじっくりと眺めることができた。
オーキッドプラザを左手に折れると、いよいよ闇を深くしつつある園内を抜けて、一気にボタニーセンターを目指す。ここまで来ればオーチャードエリア側のタングリンゲートはすぐそこだ。
夜中の12時まで開いているボタニックガーデンは近所に住む人たちの格好のランニングコースでもあって、日が落ちて涼しくなるこの時間帯は、多くのランナーともすれ違う。都市国家のイメージが強いこの国で、こんなに身近な所に豊かな自然を守りながら一般に開放されている場所がある。
ライトアップされた美しい門扉が、シルエットとなったレインツリーを従えて、訪れる夜を迎えようとしていた。
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