愛しのウビン島

雑記

シンガポールの東のはずれ、チャンギビレッジにあるチャンギポイント・フェリーターミナルから、12人乗りのボートに乗る。

初めて乗った時の料金は1人片道3ドルだったが、3.5ドルを経て今では4ドルになっている。

待合室では、よく陽に焼けた船頭のおっさん達が、客が12人揃うのを待っている。そして、付いて来い、と手招きすると客を引き連れ、ボートに向かう。でももしもその気があるのなら、48ドルを支払ってボートをチャーターし、悠々と島に向かうのもいい。

ウビン島までは約10分の短い航海だ。右手に見えるチャンギビーチパークが途切れたあたりから、ボートはぐんとスピードを上げる。

シンガポールとマレーシアの間の狭い海峡に位置するウビン島には、特筆するようなものはほぼない。ただ、日常を近代的な町並みの中で過ごす者にとっては、無性に懐かしいような気分にさせられる場所ではある。

ウビン島の、海に向かって伸びたジェッティーの先端にボートは着く。階段を上った先は周りをぐるりと木のベンチが囲む待合スペースで、屋根に覆われている。帰りのボートもここから出るため、船頭のおっさんが客待ちがてら顔なじみの仲間とのんびり話していたりする。

以前はこの屋根の下でも、ボートの運航に差し障りのない範囲で釣り糸を垂らすことができたが、いつの間にかルールが厳しくなり、この辺りで釣りができるのは今では奥の桟橋のみとなってしまった。

屋根の下のベンチに陣取り、さっそく釣り竿の準備を始める。ボートに乗る前にチャンギビレッジの釣具屋で買った生餌のライブプラウンも水槽に移し、エアポンプを始動させる。

準備が整うと、それぞれ好きな場所で好きなように過ごす。桟橋の直射日光の下での釣りはパスして、私は地回りのようにまずいつものコースを一周することにする。

桟橋を真っ直ぐ歩いて、Welcome To Pulau Ubinと書かれたゲートをくぐり左に折れる。

道の脇に停めてある、走るのが不思議なくらいオンボロなハイエースのタクシーや、両側に並ぶレンタルサイクル屋から掛かる声を聞き流して真っ直ぐ進むと、前方に渋い店構えの商店が2軒並んでいるのが見える。店の前に簡素なイスとテーブルを出して、冷たい飲み物やフレッシュココナッツなどを売っているが、シーズンになると島で採れたドリアンを売っていることもある。

左手にウビン島で一番大きなシーフードレストラン、その先にボランティアセンターの建物を見ながら道なりに歩くと、ほどなくして前方に公衆トイレが見えてくる。左手に折れてそのまま時計回りにバタフライヒルを一回りしてくるのが定番の散歩コースだ。

午前中の早い時間ならホーンビルの群れに遭遇できるかもしれない。バタフライヒルを一回りする途中、ジェルトン・キャンプサイトに入る手前のヤシの木の赤い実が彼らのお気に入りだ。

ジェッティーに戻ると、釣果を確認する。釣れる時もあれば釣れない時もある。ここ何年かでウビン島で釣れる魚の数は激減してしまったが、それでも自分の庭のようなこの場所で、日がな一日釣り糸を垂らして過ごす時間は何ものにも代えがたい。

いつもの食堂でターパオ(打包、持ち帰り)してきたお昼ご飯を食べたら、午後はベンチに座ってのんびり過ごす。持参した本を読むのもいいし、ぼんやりと他のお客さんを眺めるのもいい。そのうちに眠くなって、同じようにベンチに座っている船頭さんと昼寝をするのもいい。

日が傾いてくると、釣りはいよいよ佳境を迎える。夕方に活発に活動する鱸を狙うのだ。針の先にライブプラウンを付け、狙った先にリリースする。手元に引き寄せ、またそれを繰り返す。最後の一匹がなくなったら、その日の釣りは終了だ。

顔なじみの人たちにその日の釣果を報告し、帰りのボートの列に並ぶ。またね、と手を振ると、またね、と声が返ってくる。一日遊んだ荷物を運び入れ、ボートの席に腰を下ろす。少しずつ遠ざかるウビン島にも、目顔で挨拶をする。体の向きを変え、海風を受けながら、まだ明るい空を見ていた。